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東京地方裁判所 平成6年(ワ)5237号 判決 1996年2月27日

主文

一  被告(反訴原告)から原告(反訴被告)に対する東京法務局所属公証人松藤滋作成平成五年第二七号保証委託契約公正証書及び同公証人作成平成五年第一五八五号保証委託契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

二  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)に対し、金一五八〇万三二五七円及びこれに対する平成五年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  反訴原告(被告)の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、本訴及び反訴を通じてこれを四分し、その一を原告(反訴被告)の負担とし、その余を被告(反訴原告)の負担とする。

五  本件につき当裁判所が平成五年六月二二日にした強制執行停止決定はこれを認可する。

六  この判決は第二項及び第五項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  本訴請求について

一  請求原因1ないし3の事実(原被告間に公正証書(一)、(二)が存在し、右各公正証書に原告主張のとおりの記載があること)は、当事者間に争いがない。

二  そこでまず本訴抗弁1ないし4(本件各契約の成否)について検討する。

1  《証拠略》を併せて考えれば、磯田が原告の代理人として本件各契約を締結した事実が認められる。

2  被告は、原告が磯田に対して本件各契約を締結する代理権を授与していた旨主張するので、この点について判断する。

乙第二一号証(平成四年一〇月二七日付け東芝設備ローン契約書)及び第二二号証(平成四年一一月二七日付け東芝設備ローン契約書)、第三号証(平成四年一〇月二七日付け物件受領証明書)及び第四号証(平成四年一一月二七日付け物件受領証明書)並びに甲第九号証の一(平成四年一二月一日付け委任状)及び第一〇号証の一(平成五年三月二五日付け委任状)にはいずれも原告名義の記名及び印影が顕出されており、これらはそれぞれ同一のものと認められるところ、《証拠略》によれば、本件各保証委託契約の締結に当たって、被告の担当者である赤坂洋二(以下「赤坂」という。)が、磯田は原告の備品関係の契約の担当者であり、本件各契約の担当者であると紹介され、本件各契約の締結について原告の理事長(呉永石理事)の承諾を得ている旨の説明を受け、赤坂及び磯田の同席している場で乙第二一号証及び同第二二号証並びに甲第九、第一〇号証の各一が作成された事実を認めることができる。

しかしながら、次に述べるとおり、まず、乙第二一、第二二号証、第三、第四号証並びに甲第九、第一〇号証の各一は真正な文書ということはできず、また、次に認定する各事実に照らせば、被告の担当者である赤坂が受けた右説明を根拠に、原告が磯田に対して本件各契約を締結する代理権を授与していたと認めることはできないし、他にこの代理権授与の事実を認めるに足りる証拠はない。

(一) 《証拠略》により原告が印鑑登録したものと認められる印鑑(印影)と前掲乙第二一、第二二号証、第三、第四号証並びに甲第九、第一〇号証の各一に顕出されている原告名義の各印影とを対照すると、「学校法人呉学園」の文字のうち、「校」「人」「呉」及び「園」の各文字並びに「理事」の「事」の文字については、いずれも類似している点がありつつもはっきりと別の字体であることが認められるから、前掲乙第二一、第二二号証、第三、第四号証並びに甲第九、第一〇号証の各一に顕出されている原告名義の各印影は、原告が印鑑登録した印鑑の印章によって顕出されたものではないというべきである。また、本件の原告の訴訟委任状に顕出されている原告の記名及びこれとの対照により同一のものと認められる甲第七号証に顕出されている原告の記名と前掲乙第二一、第二二号証、第三、第四号証並びに甲第九、第一〇号証の各一に顕出されている原告名義の各記名とを対照すると、これらは同一のものではないことが認められる。その他、前掲乙第二一、第二二号証、第三、第四号証に顕出されている原告名義の各印影及び各記名が原告の実印以外の印章及びゴム印によって顕出されたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって《証拠略》を併せて考えると、株式会社アピカ企画(平成四年一一月一七日の商号変更後は株式会社アピカインターワールド、以下「アピカ企画」という。)の代表取締役である田端泰(以下「田端」という。)が、アピカ企画の資金繰りのために原告及びそのグループの会社の名義を冒用していわゆる空リースの方法によりリース会社から金員を騙取しようと企て、てんしゃ運理学研究所と称して占いや印鑑の制作をしており、アピカ企画の監査役にも就任している木村徹に依頼して原告名義の印章及びゴム印を偽造させ、これらの行使によって前掲乙第二一、第二二号証、第三、第四号証並びに甲第九、第一〇号証の各一の原告名義の各印影及び各記名を顕出させた事実を認めることができる。

(二) 《証拠略》によれば次の事実が認められる。

(1) 磯田は、原告の関連会社である株式会社日本教育センター出版局の社員であるが、本件各契約締結当時は、原告が設置している日本デザイナー学院において、同学院の総務課主事の職務に従事していた。

磯田の職務内容は、右学院と同様に原告が設置している日本写真芸術専門学校の教室がある後上ビル(通称二号館)における教室管理であり、二号館に一人で常駐してパートタイムの女性従業員とともに教室の鍵の開け閉めや、講師に資料を手渡すなどの雑用を行っていた。

(2) 日本デザイナー学院及び日本写真芸術専門学校の事務は、渋谷区桜丘町四番一六号所在の通称本館の事務室において、それぞれ事務長以下、総務課、教務課、学生課に分かれて各業務を担当しており、各学校の現場で事務機器等の教材を購入する必要が生じた場合には、各学校の教務課の課長又は課長補が事務長と相談のうえ、呉学園グループ本部(原告)の教務課長に稟議を上げ、本部の担当の課長補が販売業者やリース会社と折衝し、契約条項を検討して、契約が可能と判断した場合に、教務局長又は理事長の決裁を経て、原告の総務局長又は理事長が、本部に保管されている実印を用いて契約を締結することになる。

(3) 磯田は、人事異動で日本デザイナー学院総務課主事となった平成四年八月一六日以降、本館で行われているその総務課の業務に携わったことはなく、同学院の物品購入について何らかの関与をしたこともなかった。

磯田に本件各契約締結の代理権が授与されていたことを認めるに足りる証拠はなく、磯田が原告の締結する通常の契約について、契約締結の一般的な権限を有していたことについてもこれを認めるに足りる証拠はない。本件各契約締結当時における磯田の担当事務は右認定のとおりであって、結局表見代理の基礎となるべき基本代理権の存在を認めることはできず、表見代理が成立する余地はないものというべきである。

三  以上によれば、本件各保証委託契約は、原被告間で有効に成立したものと認められず、本件各公正証書作成嘱託のための委任状を真正な文書と認めることができないことも前記のとおりであるから、本件各公正証書に基づく執行は許されない。

第二  反訴請求について

一  主位的請求

磯田が、本件各契約締結の権限を有しておらず、表見代理も成立しないことは、前記第一の二において述べたとおりであるから、本件各保証委託契約に基づく求償金の支払を求める被告の主位的請求は理由がない。

二  予備的請求

1  前記認定の事実に加え、《証拠略》によれば、次の事実が認められる(一部争いのない事実を含む)。

(一) 原告は、傘下に専門学校として日本デザイナー学院、日本写真芸術専門学校、日本ビジネス専門学校など(これらは独立した学校法人ではない。)を設置する学校法人であり、関連会社として株式会社日本教育センター、株式会社日本教育センター出版局及び南洋興産株式会社(以下それぞれ「日本教育センター」「日本教育センター出版局」「南洋興産」という。)が存在し、これらは呉学園グループを形成していた。

原告を中心とする呉学園グループの本部は東京都新宿区西新宿所在の野村ビル四階にあった。

(二) 磯田は、平成元年に原告の事務機器の購入に商社的に介入する南洋興産に入社した後、原告の設置した各学校で使用する教材を一括して購入する会社である日本教育センター出版局にも所属するようになった。磯田は、組織上は日本教育センター出版局総務課主事であったが、日本教育センター出版局の事務所は、前記のとおり呉学園グループの本部にあり、磯田の担当していた仕事も、各学校の事務長から業者の見積書を付けて本部に上げてくる各校で必要な事務機器、什器備品購入のための稟議書を本部総務局の課長から受け取り、総務局の課長に稟議を上げることを主とするものであって、南洋興産、日本教育センター出版局としての契約締結の意思決定に参画したり、契約書の作成に携わったりすることはなかったから、磯田は、右の仕事を担当していた平成三年ころから平成四年八月一五日までは、実質的には呉学園グループ本部の総務局総務課主事としての仕事を行っていたものであり、その旨の名刺も使用していた。しかし、磯田は、右に述べたとおり、原告の事務機器、什器備品の購入に関して、決裁権者に稟議を上げるための本部内部での事務を主として担当していたものであって、その過程で見積書を提出した販売業者と値引交渉をしたり、販売業者からの支払請求に対して支払明細書を作成することはあったが、購入するか否かの意思決定に参画したり、販売業者を選定したり、支払の決定をしたりすることはなかったし、原告がリース会社とリース契約を締結する際にも磯田は南洋興産としてリース会社に見積書、請求書を作成、送付するだけで、リース契約締結に当たっての交渉や契約書の作成に携わることはなかった。当然のことながら、磯田には原告の実印その他の印章やゴム印を保管、使用する権限はなく、これらを冒用できる立場にもなかった。このように磯田は、内部的な事務のほか、上司の指示を受けて請求書の作成、送付及び見積書の作成等の単純な事務に従事していたものであり、物品の購入に際しては第一の二2(一)(2)記載のとおりの手続が取られるので、磯田に決裁権限はなく、単に内部的に権限のある者への取次を行うにすぎなかった。

磯田は、平成四年八月一六日以降、前記第一の二2(二)記載のとおり、日本デザイナー学院総務課主事となって教室管理に従事しており、従前どおり事務機器、什器備品の購入につき権限を有しないことは勿論のこと、右物品の購入について内部的に関与することも一切なくなった。

(三) 東京トスバック株式会社(以下「トスバック」という。)の社員志垣亮(以下「志垣」という。)及びアピカ企画の代表取締役である田端らは、いわゆる空リースの方法(物品の購入を装ってその資金の融資名下に金員を取得する方法)によって被告から金員を騙取することを企て、被告と従来から取引関係のあったトスバックの志垣において、被告担当者赤坂に対し、平成四年一〇月一二日、日本教育センター出版局がコンピューターの購入を希望しており、三〇〇〇万円程度の与信が可能かという問い合わせを行った。

しかし、赤坂は、志垣から送られてきた右出版局の決算書類等を検討して、右出版局に対する与信は困難と判断し、志垣にその旨を伝えたところ、志垣は契約当事者を原告とする与信を希望し、赤坂もこれを承諾した。そして、志垣の要望により、コンピューターの売主はトスバックの代理店であるケーシステム有限会社(以下「ケーシステム」という。)とすることになった。また、志垣は赤坂に対し、コンピューターの納入場所は、日本ビジネス専門学校コンピューター実習室と説明した。

(四) 赤坂は、平成四年一〇月二七日、東京都新宿区大久保所在のビル、コントワール新宿二一二号室において、志垣から、磯田及びアピカ企画の代表取締役である田端を紹介された。

磯田は、原告の備品関係の契約担当者であり、本件各契約の担当者であると紹介され、「学校法人呉学園専門学校日本デザイナー学院総務課主事」と肩書が記載された名刺を赤坂に渡し、原告理事長呉永石及びその実弟である中山永吉の人柄について説明したり、理事長の側近であるなどと話し、田端は右中山永吉がアピカ企画の会長をしている旨の説明をした。

志垣らは右二一二号室を日本教育センター出版局の事務所であると称していたが、右出版局の本社は西新宿所在の野村ビル四階であったことから、これをいぶかる赤坂に対し、磯田らは、右出版局は平成四年一二月一日にコントワール新宿二一九号室に移転する予定であるとの虚偽の説明をし、志垣が偽造した転居案内状まで交付したが、同ビルの二一二及び二一九号室は、実際はアピカ企画が事務所として使用していた。

磯田は、本件第一次保証委託契約の契約書(乙第二一号証)及び公正証書作成のための委任状(甲第一〇号証の一)のほか関係書類に、田端が前記のとおり木村徹に偽造させた原告の実印及びゴム印を押印して、本件第一次売買契約、本件第一次消費貸借契約及び本件第一次保証委託契約に係る契約書等を偽造し、右偽造印を印鑑証明書交付申請書に押捺し、法務局職員をして真正な実印であると誤信せしめて取得した印鑑証明書(甲第一〇号証の二)を赤坂に交付した。また、契約の目的物については、既に納入済みである旨を志垣が赤坂に説明するとともに、右偽造印が押印された物件受領証明書(乙第三号証)を交付し、後日、契約書に商品設置場所として記載された渋谷区神宮前の日本ビジネス専門学校コンピューター実習室内と称して、別の場所を撮影した写真を赤坂に送付した。赤坂は右設定場所に赴いて納品を確認することはしなかった。

右契約に基づいて、平成四年一〇月三〇日、ケーシステムに売買代金として三〇八九万九四八五円が振り込まれた。

(五) 志垣は、同年一一月に、赤坂に対して更にコンピューター三〇台の購入を原告が希望しているとして与信を申し入れたが、赤坂から、追加の与信をするための判断材料として原告の決算書類の提出を要請されたため、磯田を通じてこれを入手し、赤坂に交付した。赤坂はこれを検討した結果、契約に応じることにした。

赤坂は、同月二七日、入口に日本教育センター出版局のプレートが貼られ、工事中であったコントワール新宿二〇九号室において、磯田及び志垣と会い、磯田は、本件第二次保証委託契約の契約書(乙第二二号証)及び公正証書作成嘱託のための委任状(甲第九号証の一)のほか関係書類に前記偽造印を押印して、本件第二次売買契約、本件第二次消費貸借契約及び本件第二次保証委託契約に係る契約書等を偽造した。

契約目的物であるコンピューター三〇台は、同室に並べられていたが、前回の契約と異なりコンピューターの納入先が出版局となった理由を尋ねる赤坂に対し、磯田らは、新学期まで同所において教師が練習するために同所に設置したとの説明をした。

印鑑証明書については、磯田は当日間に合わなかったので後日郵送すると赤坂に説明したが、偽造印を使用して印鑑証明書の交付申請をしたところ、法務局職員に印鑑相異を見破られて右交付を受けられなかったため、後述のとおり大場が持ち出した原告の保管にかかる本物の実印を押捺して作成された印鑑証明書交付申請書を使用して、志垣らにおいて印鑑証明書(甲第九号証の二)を入手し、赤坂に郵送した。

右契約に基づいて、同年一二月二日、ケーシステムに売買代金として三〇八九万九四八五円が振り込まれた。

(六) ところで、(三)記載の日本教育センター出版局の決算書類、(五)記載の原告の決算書類及び原告の実印は、大場が磯田らから頼まれて呉学園本部から持ち出したものである。

すなわち、大場は、日本教育センター出版局に雇用されていた者で、昭和六〇年ころから平成四年九月三〇日に依頼退職するまで、呉学園グループ本部において、右出版局の経理を行っていた。呉学園グループ三社の経理事務は同一の場所で行われており、各担当者は、相互に協力しあうため、出版局担当の大場も原告の経理事務を手伝うことがあった。また、大場は、原告の実印を押印する権限はないが、日本教育センター出版局の事務処理の必要上原告が実印を保管している金庫の鍵を保管し、必要に応じてダイヤル式の金庫を開け、原告の印鑑及び書類等を出し入れすることが可能な立場にあった。

大場は退職直前の平成四年九月中旬に、磯田から原告の決算書類、印鑑等の入手を頼まれ、それが契約の相手方が何人であるかは不明であるものの、原告を当事者とする空リース契約を締結して金員を騙取するために悪用されることを察知しながら、それを承諾し、磯田と共に夜八時ころ、事務室に赴き、金庫から原告の実印等を出して磯田に渡すとともに、決算書類の写しを磯田に渡し、後日、その報酬として五〇〇万円を受け取った。

2  前記認定の事実によれば、磯田は、田端や志垣と共謀のうえ、空リースの方式を利用して金員を騙取することを企て、真実はその権限もないのに原告の契約締結権限を有しているかのように装って被告担当者赤坂を欺罔し、赤坂がその旨信じたために被告との間で本件各保証委託契約を締結したのであるから、右行為は詐欺行為に該当するというべきところ、《証拠略》により被告が原告との間の本件各保証委託契約に基づき、平成五年六月三〇日までに、本件第一次保証委託契約につき三一一二万九〇三五円、本件第二次保証委託契約につき三一六〇万六五一四円の合計六二七三万五五四九円を協栄生命保険株式会社に弁済したことが認められるから、被告は、右磯田の詐欺行為によって同額の損害を被ったものと認められる。

3  磯田に関する原告の使用者責任

(一) 前記1認定の事実によれば、磯田は日本教育センター出版局に雇用されていたものの、右各契約当時原告が設置する日本デザイナー学院において原告の業務を行っていたのであるから、原告の指揮監督下にあったといえ、民法七一五条の適用上磯田は原告の被用者にあたるものと解するのが相当である。

(二) そこで、磯田の前記詐欺行為が、原告の「事業の執行につき」行われたといえるか否かを検討する。

前記1認定の事実によれば、磯田は、本件各契約当時、日本デザイナー学院総務課主事として、同学院の教室のある二号館に一人で常駐して、教室の鍵の開け閉めや、講師に対する資料の交付といった雑用のみに従事していたものであり、たとえ右学院で事務機器等を購入する必要が生じた場合でも、磯田が職務上これに関与する余地は全くなく、実際に、同年八月一六日以降、教材の購入等に磯田が関わったことは皆無であったのであるから、磯田がコンピューターの購入についてクレジット会社と折衝したり契約書を作成する行為は、磯田の正規の職務の範囲内でないことはいうまでもないばかりか、実際に磯田が行っている業務の内容ともかけ離れた行為というべきである。また、磯田は平成四年八月一五日までは、呉学園グループ本部の総務局総務課主事として原告の事務機器等の購入に関して、決裁権者に稟議を上げるための内部的な事務のほか、請求書、見積書の作成、送付等の単純な事務に従事していたが、磯田の本件の詐欺行為は右の職務から離れて約二か月経過後に行われたものであるし、赤坂は本部の総務局総務課に勤務していた際の磯田と面識があったわけでもないから、磯田の前記契約締結行為は、外形上もその職務権限に基づいてなされているものとは認められず、原告の事業の執行につきされた行為と認めることはできない。

4  大場に関する原告の使用者責任

(一) 前記1認定の事実によれば、大場は日本教育センター出版局に雇用されていたものの、実際の職務は、呉学園グループ本部の財務局において、右出版局の経理を行うかたわら、原告の経理事務を手伝うこともあったというのであり、右出版局は原告のために教材を購入する会社であり、もともと原告の一部局的な役割を果たしているところからしても、大場は原告の指揮監督下にあったというべきであり、民法七一五条の適用上原告の被用者に該当すると解される。

(二) 大場が磯田に頼まれて行った行為は、日本教育センター出版局及び原告の決算書類を磯田に渡した行為並びに原告保管の実印を金庫から持ち出してこれを磯田に渡した行為であり、右各物件のうち、日本教育センター出版局の経理書類は磯田の前記詐欺行為の際に使用されなかったものの、原告の経理書類は、本件第二次保証委託契約を被告が承諾する重要な判断要素となっており、また実印は右契約に必要な印鑑証明書を取得するために使用されたのであるから、磯田の前記詐欺行為を容易ならしめたものということができ、大場は右各物件を磯田に交付する際、契約の相手方が何人であるかは認識していなかったものの、それらが空リース契約を締結して金員を騙取するために用いられることを察知しながら、報酬を受ける目的で行ったのであるから、右行為は磯田の前記詐欺行為を幇助したものということができる。

(三) そこで、大場の右幇助行為が原告の「事業の執行につき」行われたといえるか否かを検討する。

大場は、呉学園グループ本部の財務局において日本教育センター出版局の経理事務を行っており、原告の経理を手伝うこともあったので、原告の経理関係の書類の管理もその職務の範囲に含まれていたというべきであり、また実印を押印する権限はないものの、原告の実印を保管している金庫の鍵を保管し、必要に応じてダイヤル式の金庫を開け原告の印鑑等を出し入れすることが可能な立場にあったものであるから、大場の右行為はその職務と密接な関連性があるものということができ、事業の執行につきされた行為と認められる。

そして、前記のとおり大場の右行為は、本件第二次保証委託契約に係る磯田の詐欺行為の幇助であるから、大場の幇助行為によって被告が被った損害は、右契約に関して被告が弁済した三一六〇万六五一四円である。

よって、原告は、被告に対し、大場の使用者として右損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

三  反訴抗弁について

1  まず、原告は、被告において磯田の行為が権限内において行われたものではないことについて悪意又は重過失があるから、被告は損害賠償請求をすることができないと主張するのでこの点について検討する。

被用者の取引行為がその外形から見て使用者の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り又は重大な過失によってこれを知らなかったときは、相手方である被害者は使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできないが(最高裁昭和四二年一一月二日第一小法廷判決・民集二一巻九号二二七八頁参照)、前記のとおり、本件では大場の幇助行為と磯田の詐欺行為とが、共同不法行為を構成し、それによって原告の損害が発生したものと認められるところ、そのうち大場の行為についてのみ外形から見て使用者の事業の範囲内に属すると認められるのであるから、その行為が大場の氏名はさておき、その地位にある者の職務権限内において適法に行われたものではないことについて被告が知っていたか又は重大な過失によってこれを知らなかったという事情があれば、原告は被告に対し使用者責任を負わないものと解するのが相当である。すなわち、磯田から交付を受けた印鑑証明書上の印影が実印を押印する正当な権限を有する者によって押印されたものではないこと及び決算書類を管理し複写する正当な権限を有する者によって交付されたものではないことについて、被告が知っていたか又は重大な過失によってこれを知らなかった場合には、原告は被告に対し使用者責任を負わないと解するのが相当である。原告の前記主張は直接には磯田の行為が権限内において行われたものではないことについて悪意又は重過失があるとするものであるが、原告の印鑑証明書及び決算書類の写しの作成、交付が正当な権限を有する者によってされたものでないとすれば、磯田がこれらの書類を入手、所持していることによっては本件各契約締結の権限を授与されていることを示していることにはならないことに帰するから、原告の前記主張は、原告の印鑑証明書及び決算書類の写しの作成、交付が正当な権限を有する者によってされたものではないことについての悪意又は重過失をも主張するものと解することができる。

よってこの点について判断すると、前記認定の事実によれば、本件においては、磯田は被告担当者赤坂に対し、「学校法人呉学園専門学校日本デザイナー学院総務課主事」との肩書のある名刺を交付しているが、「主事」に過ぎない者が、一回三〇〇〇万円ものコンピューター購入について、窓口として関わるにとどまらずその契約の締結権限を有するとまでは通常考えられず、右のような取引でありながら原告の担当者として常に磯田一人しか現れないことも不自然であること、第一回目のコンピューターの納入先は日本ビジネス専門学校とされているところ、右納入先は磯田の肩書の勤務地とは異なるうえに、赤坂は右物件の納入を確認していないこと、第二回目の納入先は日本教育センター出版局と称するビルの一室であり、そのような場所に三〇台もの大量のコンピューターを設置することは不自然であること、いずれの取引も原告の事務所ではなく、日本教育センター出版局の移転予定の事務所と称するビルの一室において契約が締結されていることといった不自然な点が多々存在することは否定できない。

右の諸点からすれば、赤坂は、磯田の契約締結権限に疑問を持ち、ひいては磯田から交付を受けた印鑑証明書及び決算書類が正当な権限を有する者の意思に基づいて交付されたものであることを確認すべく、磯田の上司との面談を求めたり、原告ないし日本教育センター出版局の事務所を訪ねたり右事務所における契約締結の手続の履践を希望するなどして、本件が正規の契約であり、正規の手続で書類が交付されたことを確認すべきであり、また右のような確認行為は容易であったというべきである。結局、赤坂は、従前から被告と取引のあったトスバックの志垣からの申込みにより取引が開始されたために安易に磯田らを信用し、その磯田が交付した書面についても、当然払うべき注意を怠ったといわざるを得ない。

しかしながら、前記認定のとおり、赤坂は、従前から被告と取引のあったトスバックの志垣から磯田を原告の備品関係の契約担当者であり、本件各契約の担当者であると紹介された上、磯田らは、磯田が原告代表者の側近であると称したり、日本教育センター出版局名下の虚偽の転居案内を示したり、偽造にかかる印鑑証明書を交付するなどの組織的な偽装工作を行っており、他の書面に捺印された偽造印も一見して明らかに実印と異なるとはいえないかなり精巧なものであること等の事情に鑑みれば、赤坂において、わずかな注意を払いさえすれば、磯田らの詐欺行為を看破し、印鑑証明書及び決算書類等が適法に入手、作成されたものでない事情を知ることができたとまではいうことができず、故意に準ずる程度の注意の欠缺があったとはいえないから、通常払うべき注意を尽くしたものとはいえないにしても、いまだ重大な過失があるものと認めるには足りないものというべきである。

よって、原告は、被告に対し、大場の使用者として右損害を賠償すべき義務を負うものというべきである。

2  過失相殺について

前記1認定のとおり、被告担当者赤坂に過失があることは明らかであり、原告の損害賠償額の算定にあたっては、被告の過失を斟酌すべきであり、前項に記載したところ及び本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると五割の過失相殺をするのが相当であるから、原告の賠償すべき額は一五八〇万三二五七円となる。

第三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、すべて理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求のうち主位的請求は理由がないからこれを棄却し、予備的請求は、原告に対し、一五八〇万三二五七円及びこれに対する不法行為の後である平成五年七月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、強制執行停止決定の認可とその仮執行の宣言につき民事執行法三七条を、仮執行宣言について民事訴訟法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高世三郎 裁判官 小野憲一 裁判官 男沢聡子)

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